すると、その妻の須世理毘賣(すせりひめ)が喪服を着て泣きながらやってきた。その父である大神は、自分が死んでしまったと思い、野を出て行った。
そこで、その妻が矢を持って奉ってきた時に、大神はそのまま家に入り、八田間大室(やたまだいむろ)に呼び入れ、髪の毛の虱を取らせようとした。そこで、その頭を見た時、呉公がそこにいた。
すると、その妻は牟久木の実(むくげのみ)と赤土を取り、夫に与えた。そこで、大神は牟久木の実を噛み砕き、赤土を吐き出すと、大神はそれが呉公を噛み砕いて吐き出したものだと思い、安心して眠りについた。
そこで、須世理毘賣は大神の髪を握り、その室毎つの椽(たるき)に結びつけ、五百引石でその室戸を塞ぎ、妻の須世理毘賣を背負って、直ちに大神の生大刀と生弓矢、そして天詔琴を持って逃げ出した。
その時、天詔琴が木に擦れて、地が揺れ動くほど鳴り響いた。
そこで、その室で寝ていた大神は、その音を聞いて驚き、室を引き倒して解き、椽と髪を解きながら遠く逃げた。
そこで、追いかけて黄泉比良坂にまで来た大神は、遠くから見渡して、大穴牟遲神(おおあなむちのかみ)に向かって、「お前が持っている生大刀と生弓矢で、お前と私の兄弟たちが、坂の御尾を追いかけ伏せ、また川の瀬を追いかけ払って、意礼(おほみみ)として大国主神となり、宇都志国玉神ともなり、私の娘の須世理毘賣を嫡妻として、宇迦能山の麓にある底津石根に宮柱を立てて、高天原と氷椽(ひらか)に宮殿を造って住まうのだ。」と言った。
そこで、大穴牟遲神は、大神の大刀と弓を持って、八十神を追いかけ払った時、毎つの坂の御尾を追いかけ伏せ、毎つの川の瀬を追いかけ払って、国を作り始めた。
そこで、八上比売は、以前の約束通り、美しい刀を贈りました。(「美刀阿多波志都」は音読みのままです)
そして、八上比売は大勢の従者を連れてやって来ましたが、正妻の須世理毘売を恐れていました。そのため、彼女が産んだ子供を、木の股に挟んで返しました。
そのため、その子供は「木俣神」と名付けられました。また、「御井神」とも呼ばれています。

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