寿命の起源

しかしその後、伊邪那美命は八つの雷神と千五百の黄泉軍を遣わして追わせた。伊邪那岐命は腰に帯びていた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、後ろ手に振り回しながら逃げたが、まだ追ってくる。そして黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本(さかもと)にたどり着いた時、その坂本にある桃子(ももこ)三つを取り、追撃者を待ち構えたところ、ことごとく逃げ返った。

そこで伊邪那岐命は桃子に言った。「お前、もし私が助かったら、葦原中国(あしはらなかくに)にある宇都志伎青人草(うつしきあおひとぐさ)が苦しんでいる時に助けてくれ。」と言った。そして、名号を賜り、意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)と名付けた。

ついに、妹の伊邪那美命が自ら追ってきた。そこで伊邪那岐命は千引石(ちびきいし)を引いて黄泉比良坂を塞ぎ、その石を置き、互いに向かい合って戸を閉めた。その時、伊邪那美命は言った。「愛しい兄よ、なぜこのようなことをするの。あなたの国の人草は、一日千人も絞め殺される。」

すると伊邪那岐命は言った。「愛しい妹よ、お前がそのようなことをするなら、私は一日千五百の産屋を立てる。」

こうして、一日千人が死んで一日千五百人が生まれるようになった。

そこで、伊邪那美神命は黄泉津大神(よもつのおおかみ)と呼ばれるようになった。また、追いかけてきたことから道敷大神(みちしきのおおかみ)、黄泉坂を塞いだ石から道反大神(みちかえしのおおかみ)、塞坐黄泉戸大神(せきまさりよもつどのおおかみ)とも呼ばれる。

そして、この黄泉比良坂は、今出雲国(いずもくに)の伊賦夜坂(いぶやさか)と呼ばれている。

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